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正義の標準

今更ですが、最近、『モノを作る人』と『モノを売る人』とは考え方や方向性が
‘まったく’違うのだという事を痛感しています。

どちらが良いとか、優れているという意味ではなく、
別の世界観なんだ・・・って意味です。

例えるならば『現場』と『営業』。
染色納期を取り上げてみると、弊社の社員でも誰に教わった訳でもないのですが、
職人はもしも・・・の事を考えて保険期間を掛けたがります。
これを聞くと、「現場の職人は余裕ある納期を言って‘楽’しようとしている」などと
想像するかもしれませんが、実はここに悪意や慢心があるのではなく、
‘良いモノ作り’を達成するための現場正義があり、
‘相手に良い商品をお届けして喜んで頂きたい’ための自己主張が存在します。

時にその正義は、納期や加工賃をも上回ります。
分かり易い現象としていえば、『このお客様のためには・・・』という強い意志が生まれると、
求められている以上のクオリティーを追及したり、寝ずに仕上げたりもしてしまうのです。
しかし、『これだけやったんだから・・・』と自分の中で満足感に浸ってしまい、
同じ価値観を相手も求めたときに、摩擦の原因が生まれます。

私が仕事を始めた頃、先輩職人さんから
「一生懸命してるから、納期は決めないでほしい。」
という言葉を聞いた事があります。

取引先があり、納品期限や価格という条件があってのご注文ですから、
無期限の納期なんて存在しないのですが、
そこには‘それ以上に良い仕事をする’という確かな現場正義が存在しました。


『モノ作り仕事』の意味を細かく潰すと、「事にお仕えする」となり
「喜ばれる存在になることに我が身をお仕えさせる」という意味が現れてきます。
この言葉に収入を得るとか、報酬を得るという概念はありません。
という事は、『モノ作り仕事』の本質はお金を稼ぐ事ではなく、
自分がいかに喜ばれる存在に我が身をお仕えさせるかという事になります。

「京都人は取っ付き難い」というイメージがあるとするならば、
この本質が多く残っているから、誤解を招いているのかもしれません。
その事を理解しないで営業側の主張を推し出すと、
お互いが譲らず正義の主張がぶつかり合い摩擦が生じるのだと思うのです。

「だから営業側が譲れ」と言いたいのではなく、特にこれからの業界は今まで以上に
協調力が必要になってくるので、お互いの立場や本質を
深く理解することが必要であると言いたいのです。

冒頭に戻りますが、『モノを作る人』と『モノを売る人』とは別の世界観を持った人たちです。
理解しあう事は理想では有っても容易い事では有りません。
お互いに己の正義を貫くのではなく、相手の正義を理解する努力、
欠点と思えるところを補える努力を重ね、どちら側が歩み寄るにせよ、
この歩み寄る努力をした側が、必要とされる存在になれるのだと思います。